いよいよ平成の終わりが現実になってきた。2019年かぁ。元号決まったら、色々と忙しくなる職種もあるんだろうね。
消費税も上がってるだろうし。

先のことなんて考えたくないけど、子供の前ではそういうことは言わんように気をつけなきゃ、だ。

思い通りにならなくても楽しく生きる。
俺のような馬鹿に出来ることはソレ。


※読売新聞より引用

福島県を始めとするコメ輸入の規制をEUが解除したとか。

ひとまず、良かった。おめでとうございます。

でもこれが続いていたことを俺は忘れていた。なんとまあ、です。


規制を作ることが安全であるような迷信は早く無くなって欲しい。

俺は死ぬまで疑いながら信じ忘れて生きるんだろうな。

それは脳という身体の一部に変化。
ただの変化じゃなく、病の領域。


病という変化を、自分と周りがどう受け止めていくか。

これは認知症に限らず、変化を受け止め、受け入れて行くのって、人生には欠かせない楽しみかただ。

楽しみかた、というには色々な味がありすぎるかもしれないけれど、受け入れかただって色々あっていいと思うんよね。
ただ受け止めろ、受け入れろじゃわからないときもあるもんね。

だから、このイベントに歌で参加するのは楽しみです。





ミサンガというグループの歌も聴いてみたいけど、夜はTUPELOでbigmamaだから、そっちで違う楽しみかたを試してみまっす。

落選した方はたくさんいらっしゃる。
又吉イエスさんや馬淵元大臣とか、様々な方がいて、落選が残念だなぁと心から思う人もたくさんいる。

逆に落選は良かったね、と思う人もたくさんいるわけだけど、不幸を望むのでは無く、今は議員職に向いてなくね?と思うからだ。

その人のなにを知っているわけではなく、議員の資質を理解しているわけではなく、床屋政談の限りでだけど。


さっき電車で乗り合わせた叔父さん叔母さんの一団は「やっぱり玉木さんには頑張って欲しいよ」と、俺にしたらヅラが一回転するくらい驚く意見をキャッキャと話していた。

理由は「あの人はちゃんと葬式に来てくれる」かららしい。

なるほど、人情の機微だよね。
身近に感じられるもんね。

身近なタマキンかー。



俺は一切感じられないけど、人はそれぞれ感じるポイントが違うだけ。

俺は卑怯者らしく、挫折した人を身近に感じます。応援したくなる。

プロ野球選手クビ番組とかわりと録画しますもん。


まるで無責任な感覚。


だから今もっとも応援したいのは豊田真由子元議員です。




応援とは悪口を言わず、再起を願うくらいだけど、またなにかしら議員職に就いて欲しいな。


失敗したからこそ、欠けた自分を思い知るからこそ、良い仕事が出来るかもしれないじゃないっすか。




この間、辻本議員がTVショーで喋ってるのを観ていて「おもしろいな。賢いなあ」と、感じ入りました。ただの左巻きBBAで一生ボートで暮らせばいいのにと思っていたけど、他人の話を聞くチカラがあるのは経験からなんでしょうね。
才気走った嫌な一面は相変わらずだけど、それすら良さに思える。



豊田元議員にはこの世のキチガイが少ない傷で生きていける政策をたくさん作って欲しい。



もう、自分をマトモだ、と信じ込む必要は無いのだ。

他人の目に映る残像を演じなくて良い。

このハゲ!とか言いながら、肩パンしながら、年金制度を作り直して欲しい。元厚労官僚よね?



警察は水に落ちた犬を叩く前に我がフリなおそうぜ。イジメや、サービス残業多過ぎるやん。弱い身内をまず守ろうよ。強い身内は放っておいてさ。



我がフリを正すことがこの世でいちばん難しいことだとはわかる。

だから罰を受けたり、挫折したら、そのチャンスが巡って来たと思うしかない。


まあ、俺はチャンスばかりですけど。

明日は台風みたいやし、高松素人の俺には投票所まで行くのがしんどいので、わかりやすい市役所へ期日前投票に行って来ました。



イデオロギーは好きな食べものとかと同じくらいの位置で語りたい。そーんなこと言いながら、過去には特定政党を小馬鹿にしたり、現在も未来もそんな気分は無くならないとは思うけど、このへんは酒が楽しく呑める関係の中で話せれば十分かな。


ただ、ボロカスに言われることを甘んじて選挙に出る人は基本的に好きだし、ちょっと尊敬する。

並みの変態じゃない。

人間ってこげんエネルギーあるっちゃねーって思いますと。



悪人面やボヘミアンについ投票したくなる。

選挙はまさに狂詩曲。

全員が足並みを揃える必要は無いし、投票した人もしない人も音符みたいなもんすよね。

頭が割れそうなひどいアンサンブルでもいつかは音楽になれるかも。


ポエムか。




選挙番組、わりと楽しく観るんすけど、どこかで大川隆法による板垣退助とかゲストに呼んでくれないかなー。

なんて言うんだろうね。




「希望の党はいったんバラして立憲自由党にしたまえ」とか言うんかな。

あんたの党かよ。

無い時間をやり繰りして戦後処理。
書士のセンセに頼む費用をケチるからふりかかる。
たぶんこれは性分なのだ。
わからないまま頼むのが嫌なんだ。
素人でも学べばやれることはたくさんある。
全部やると死ぬけど。


銀行で約1時間放置されたにも関わらず、まったく怒りが沸かない。
それは担当者がすぐ近くで別のクレーム処理で炎上していたから。
いやあ、気の毒。
でも誘発するような弁解の仕方なんだよね。

クレーマーの皆様にお気づきいただきたいのは、長々と屁理屈を並べるのは止めたほうが良い、ということ。
すごく馬鹿みたいです。腹が立った理由は手短に、やってほしいことは手短にそして強く言うべし。
駄目ならいったん引いて押し黙る。
相手から何かを引き出したいなら、自分を利口に見せようとしないことですよ。
屁理屈こいて利口ぶるクレーマーは楽に処理できるもんね。

今日の銀行員さんは苦戦しておられたけど。
人間、自尊心を泥に落としてみせるのはなかなか難しいんよね。


と、泥がいつまでお落ちない俺が言うな。
 

阪神淡路大震災から21年、らしい。
それさえも確認しないとわからなくなる。
事故や災害で亡くなってしまった人を悼む気持ちが無いわけではないけど、暮らすのに必死という言い訳でわからなくなる。
それも本当だけど。

10年、いやもっと前からか、失踪者情報や行旅死亡人情報をよく見ている。
ニュースにならない小さな躓きやトラブルは山のようにある。
違う選択をすれば俺も同じことになる。
生きていればそれでいいとは言わないし、良いこともあるよってくらいで人生はわりとつまらない。

ただ嬉しくなる癖や感じかたは自分で躾けられるんじゃないか。
自分がこの世で一番厄介なものだと知れば。
他人を恨んでる余裕なんか無い。

長くなったけど、6年連続で自殺者が減少したらしい!
この息苦しい世の中でなんて素晴らしいことだろう。
だから良い世の中やね!って言いたいのではなく、本当に自殺者が減るって嬉しいことなのだ。
俺にとっては。


※大嫌いな朝日新聞様からの引用

人口も減っていくのだから自然に減っていくものかもしれないけれど、日々努力されてある関係各所には感謝したい。
あと踏みとどまっている人にも。

頑張るのではなく受け入れて、明日また何かいいことがあったら喜びましょうな。お互い。
 

インターネットを眺めていると震災と人災を経て、分断されてしまったものは大きいなと感じる。人それぞれの現実においては僕に想像出来ない程の欠落したものがある。

そりゃ、当たり前だ。
僕はただ絶望っぽく落ち込んだだけだもの。



■長男、鼻で笑う

バスケットボールに日々向き合う長男が、知ったかぶりの僕にこう半笑いで言うのだ。

「お父さんが言ってんのって、ネットで見た話やろ?」
「その通り出来りゃ、オレこんなところにおらんよ」

嗚呼、お前は物凄く正しい。


何を知ろうともまずは自分を知らねば何処にも行けない。

出来ない事は明日出来るかもしれないし、一生出来ないかもしれん。

そのためには、自分の身体(頭もね)がどうすれば、どこまで動くのか、まずはそこからだったりする。人生は夢や希望や憶測のゴミ捨て場ではなく、事実の積み上げなのだから。

長男はどれほど足が臭くなろうと、ゲームに出る機会を自分で勝ち取る為に、チームメイトに見損なわれないように身体を張る。勉強頭が良いわけでもないので、毎晩のように遅くまで宿題をする。

17歳は45歳より積み上げるチカラに自信がある。くそう。



■お前はどうするのよ、オッサン?

僕がウルトラマンになることは100%無いし(ウルトラマン、居ないし)、インドで暮らすこともないだろう。今の勤務先の社長になることもない。

この国の組織の一員であるために働き、分不相応の金を稼ごうとし払おうとするのだ。
新聞もテレビもインターネットも僕に優しくはない。
家族や恋人(いませんが)や友達さえも甘ったれさせてはくれない。

だからギターを弾いて歌います!ってわけではまったくない。
音楽なんてただの手段、方法。
声出なくなったり、腕なくなったら出来んし。

喪失感と向き合ったり、糞つまらない事を丁寧にやる事は大人の仕事であって、逃げてもしゃあないもんね。



■すこしばかりの

17歳に見下げらたまま余生を過ごすわけではないし、彼や15歳の娘に粗大ゴミ&キャッシュディスペンサー扱いされる事に甘んじるわけにはいかないので、すこしばかりの抵抗をしています。

大事なのは、この「すこしばかり」。

昨日出来た事が今日出来なくなる年齢はもうそこまで来ている。

だからすこしばかりの工夫が必要だ。
昨日と違う基準を見つける事もそうだし、特異点というのは他との比較でしか無いのだから、自分に出来る事を諦めない事もそうだ。
ガッカリしたり、挫折してからの立ち直るスピードだって重要だ。


世の中を変えるチカラを僕やあなたが持っていないかと言えば実は持っている。
でもすこしばかりの、チカラ。

昨日の目玉焼きより今日のが旨ければ僕の小さな世の中は変わんのよ。
SNSの情報より大事なものが山ほどある。

自分の身体、相手の気持ち。
それが後回しになってきたらどんどん辛くなる。

すこしばかりの工夫の中身は人それぞれ。
僕は糞生意気な17歳と不器用な15歳の顔を思い出すようにしています。



僕の世界や住む国はそこからしか変わらない。
・・・ような気がします!

仕事からバタバタと帰ってきて、晩ご飯の支度をしながらBSフジの「プライムニュース」を観てた。

福島県のことだ。

ながらで観るのも良くないし、いっそ消そうかなと思いながら消せない。
いつしかジャガイモの皮を剥く手は止まっていた。



震災と人災が起きて久しい。
何かを知ろうとし、そして多すぎる情報を捨てて考えて、勝手な思い込みをしたり、勝手に傷ついてみたりした。
でもぜんぜんシックリこない。

それがこの番組で出てあった「ふくしま会議」の共同代表の方の言葉を感じていくうちに、違和感が無くなった。「会議の結論なんてない」と言う。
その通りだよなあ。



とてつもなくデカい出来事だけど、ただ逃げずに毎日をていねいに生きるしかない。
どれだけ他人を受け止められるだろうか。
どれだけ社会に参画できるだろうか。

評論家じゃないから、毎日の仕事で答えを出したいな。

僕の歌は答えじゃないけん。


社会の出来事に関心を持って、主義主張は自分の仕事や生活の中で表現してるつもりなんだけど。(相手にされんことが多いけど)
運動に同調しなけりゃ無責任になるのかなあ。
まあ、それもひとつの表現だしね。
俺は好きずきだと思うんだけど。


誤解を恐れずに書けば、何かしらの権力を人は欲しがるしチカラを使いたがるよね。
集まれば大きなチカラになるし、それを動かして変わる現実もあるし。

でも俺はきっとそれが嫌いなんだ。
ひねくれているのです。

従順に生きる術は子育ての為に身につけたと思うけど、正しい事はひとりでやりたい。
個でありたい。



自分の能力なんて鼻くそ以下だけど、世の中は可能性に満ちていると思う。
駄目になる可能性ももちろんある。
鼻くそ以下でもその可能性に挑戦し続ける馬鹿さ加減が俺が子供に渡せる財産。

自分や他人や世の中に絶望する事に飽きよう。

正しい事をひとリでやり続ける、他人の話を聞く、いつまでも泣かない。
そしたら可能性はいつでも自分のところにやってくるんじゃないかと思う。

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