13年前のこと。
父親の事務所にスペースを借りてフリーでディレクターをやっていた。

甘い予見に足りない実力。
そんな盆暗をクライアントやパートナーの皆様は育ててくれた。
貧乏しながらもなんとか食っていた、ハズ。


その中でいちばん「食っていた」のが「ぴかいち」の皿うどん。
なんせ事務所が入ってたマンションの1階だったからね。

ちょっと金が入るとここで腹いっぱい食べた。親父さんの笑顔が気持ちよくて、味も好きだったけど居心地良かったなー。

混んでる時間を避けて行けるのがフリーの特権やしね。




写真は博多駅で食べた「ぴかまつ」のちゃんぽん。

ちゃんと継承されていたー。
美味かった。
もっとお客さん入っても良さそうなのにな。

「ごっつええ感じ」のDVDだけは幾つになっても観ていたい。


衆議院議員選挙だ。

なんだかこんなに気が重い選挙は久しぶり。

正しさ、の代わりに「リベラル」という言葉がゆるキャラみたいに使われていて、みんな選択に迷うんじゃないかなーと思ったり。

それぞれの主義主張、好き嫌いを尊重してればなんでも受け入れたい、そんなザ腰抜けですが、本当に憎み合うのは苦手です。

憎しみは早く忘れたい。
俺を憎んでいる人にも早く忘れてもらいたいけど、これはそうはいかぬ。

だからせめて憎む気持ちは長続きさせないようにしてるのかもなー。



こんちくしょう、と思う時は風呂に入るのが一番。

もしくは本とか読み物を読むこと。
俺には難しい内容が多いけど、大林寛さんのブログが、おススメです。



学習マンガはタッチも素敵でわかりやすくて楽しい。


ブログはかなり読み応えがあります。
幼稚な感想しか無いけど、いつもテトリスのように頭の中が整理されていく気がしてます。

それを毎日忘れて生きるのが俺なのですが、性に合った学びかたが出来る現代に生きて良かったな。




選挙とか原チャリの故障も学べば解決するかな。

そんなキャパは無いか。
頭のハードディスクはぱんぱんやもんな。

漫画大好きな元本屋の倅です。

高松の自宅には何もないのだけれど、もしも買うとしたら田中圭一。

イタコ漫画家として有名ですが、下ネタの突き抜け感と絵のタッチが大好きなんです。CDをプレス回して作ろうとしていた時は、ジャケットを描いていただこうと思っていたくらい。
(PVはハマジムにAVのプロモと抱き合わせでお願いしたいと思っていた)



いつか金を貯め、実力も足して、正面からお願いにあがりたいです。2秒で断られそうだけど。



無断使用、ごめんなさい。

「うつヌケ」は素晴らしいので、鬱っ気がある方は是非。無くても楽しく優しく読める作品です。

広告です。

宣伝です。

理由は、知らない人に出会っていただきたいから。



古い友達の「チト」が一昨日、電話をかけてきた。なんね、何年ぶり?10年は会ってなかろ、あんた。

彼は工芸作家で、デザイナーの奥方と2人でオリジナルデザインのランプを久留米で作っている。

腹が立つほど二枚目で、ロバートプラントやデビットカヴァーデルを歌わせたら更に腹が立つほど上手い。

そんな二物も与えられた男が困っているという。

楽天で展開してるショップの模倣店が増えて売上が下がり続けている、という。
質を競える相手ならまだしも、質も値段も下げることが戦術の相手に弱り果てた、という。

俺のような能無しに電話してくるぐらいだからよほどなのだ。

サイトはこちら



むう。

何にも手を加える必要なんて無さそうやん。

チトにはこう言った。
「わかった。いや、ごめん、わからんけん、考えるよ。レポート書いて送るけん、読んでからお金使わんね。たぶん、ネット対策だけじゃ変わらんけん。販路を見直す必要もあるかもよ。俺もわからんけん、友達に聞いてみたり調べてみるよ。じゃーね。」


なーにが、じゃーね、だ。

頼りにならん大臣です。


そんな大臣はまず3つの対策を考えた。

先ずは、自分が買って誰に何処に贈りたいか考えて実践してみること。

盆暗はそこから始めるしかない。


次に、福岡で真っ白い服しか着ないあの男=最近、出川哲郎に似てきた彼に教えを乞うこと。
いつも考えているから、ね。酔うた時も。


最後は、これを読んでくださった皆様からのアドバイスを頂くことです。
コメント、メール、メッセージ、お願いします。


この件、続きます。
報告します。


広告だし宣伝だけど、代理したって意味が無い。俺が友達に勧めるように、教えを乞うように先ずは伝え始めること。

美形の作家夫婦をブスの兼業シンガーが助けるんじゃなくて、いいものをいいひとに渡すんだ、と思います。


ウィッチーズキッチンの作品、みてください。


「俺節」土田世紀(小学館)

20歳の誕生日を過ぎた頃、大学を中退してレコード屋に就職した。


働きたくてそうしたのではなく、アルバイト先を転々とすることに飽きたのと、大学を辞める理由が欲しかったんだろう。


レコード屋での仕事は楽しく、毎日があっという間に過ぎた。


そんな頃、夢中になって毎週のように漫画を読んでいた。
中でも土田世紀が描く「俺節」は特別だった。


当時の俺はなぜか自分に恐ろしく自信があった。


なんて恐ろしいことだろう。


オーディションに落ちても落としたほうが悪い、と思い、バンドを辞め照和やチープサイドで歌いだした。

「俺節」のコージに自分を(勝手に)重ねた。

コージとは違い、やりもしない努力をやった気になり、ありもしない才能をもった気になった。


それから20数年経て、


才能とは未開発の魅力のことではなく、無様でも残した結果のことであると思うようになり、

努力とはその過程の一部を他人が評した言葉だと思うようになってきた。


自分の行動に努力とか名前をつける必要なんてないし、まだ見ぬ自分の魅力にはきっと死んでも会えないままなのだ。


土田世紀の漫画は光と闇が一杯だ。

「俺節」「同じ月を見ている」「ギラギラ」「編集王」「夜回り先生」・・・。

いつの俺が読んでも眩しいです。

この「ものすごい才能を持った、出来の悪い男」というのは編集者が土田世紀を評した言葉。

愛情があるからこその言葉なんだろう。

俺にはその才能しか見えまっしぇん。

風邪が順調に悪化。
フラつきながら支社経由で広島へ。
明日は健康診断。
もう伸ばせない。

生活習慣病の固まりだから結果は見えてるし、医者から半笑いで「まあ、痩せんちゃい」と言われて腹が立つのも予想できるわー。

宿で早寝するに限る。



写真は福島が誇る酪王牛乳のお試しセット。カフェオレ以外も美味しい。
通販で楽に買えます。

募金を止めて毎月福島の名産を買って楽しむようにした。
財源は限られとるし。

公共交通機関で移動する時の楽しみは、iPhoneで聴く音楽だったり、楽しみとは言えないけれど惰性で見ているSNSだったり(でもきっと楽しくて見ている)だ。
そして耳が痛くなったり、腹を立てたり、がっかりしたり、ニヤニヤしそうになったりしている。

ところが最近はちょっと違う。

10代の頃のように、30代後半の頃のように、読書熱がモリモリと高まっている。
(何か読みたい)のではなく、録画して楽しみにしている「ゲーム・オブ・スローンズ」の原作「氷と炎の歌」(ジョージ・R.R.マーティン)を読み始めたからだ。

TVドラマも素晴らしい出来で、すっかり惹きこまれている。
ファンタジーでありながら、人間の本質を余すところなく伝えてくる。
その伝え方も独特だ。

それ以上に原作ではより細かな描写やドラマの脚本には使われなかった物語がたくさん書かれていて、ドラマの配役を思いだしながらスピンオフドラマが延々と頭の中で作られていくのだ。

文庫本でありながら全巻揃えると1万円くらいになるので、この分厚い文庫(1巻が約700頁!)を少しずつ買い足していくことも楽しみの一つ。

ひとつだけ残念なのが、文庫本の表紙がアニメであること。
興味を喚起させる方法としては良いと思うけど、50歳手前のおっさんにとっては手に取りにくい絵柄。この壮大な叙事詩が(アニメの原作)っぽく写るのがどうもなー。

まあ、1冊でも多く売れることに越したことはない。
少なくとも改定新版を出して読みやすくしてくれているだけでも版元には感謝しなくては。




素晴らしい映画がそうであるように、素晴らしい本も日々の生活を彩ってくれる。
音楽が自分自身のサウンドトラックになりやすいのに比べて、内より外を見ようとするのが映像や映像化できる物語の素晴らしさだと思う。

出張先の日に焼けたカーテンでさえも、今一度見てしまう。
自分の持ち物をより丁寧に扱ってみたりする。
要は今居る自分を確認しようとしているんだろうね。

アホだ。

かなり深刻な阿呆。

博多弁ではこれを「ノボセ」と言う。


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良かったことがもうひとつある。
悩んでいたことに道が開けてきたような気がするのだ。

音楽も仕事もチームであたることが多く、そのチームの中でも人には好き嫌いがあり、それぞれにプロセスがあり、それを無視して成果は得られない。
大事にしたいからこそ、一面的な事で判断せず、他の見方も理解した上で判断・・・・・というのが俺の考えなんだけど、この方法だと自分がパンクしやすい。
俺の頭のバケツは元々ポンコツなので、溢れ出してしまう。(もしくは穴が開いている)

元々うまくいくはずがないんだ。

うまくいく、という保証と描いていくゴールは近い関係でいてほしいけど、いつしかうまくいくことを優先してばかりで、うまくいくことがゴールに思えてしまう。
それも間違いじゃない。
より多くの感性を、より深い感性を刺激していくコミュニケーションがゴールだ。

微笑も爆笑もしたい。
怒りや憎しみも表現するべき。
酔っ払いの独り言は素敵やけど、その酔っ払いを愛せなくなったら聴けない。

俺はもっともっとゴールを描いていけばよく、そのためにチームが何を、俺が何をすべきかを整理していけばいいのだろう。

何の話だ。
悩みは想像の母ってことか。
ぶさいくめ。


###


「氷と炎の歌」は酔っ払いの語り部が話す物語ではなく、そいつも含めてたくさんの人間が語りだす物語だ。ああ、俺はちっぽけだなー、と思い知らされ、この小さな文庫本に向かう時間を大切にしたくなる。

世の中に自分を証明する機会はより一層減り、役割以上のことは期待されない。

それでも学ぶだけで自分の感じ方は変わる。
例え寝たきりになっても。
身体や記憶は衰えても心は磨けるのではないか。

読書は自分を洗う、手軽で愛すべき方法。
それ以上でも以下でもない、、、なんつて。




元々、映画は好きなほうだった。
宣伝の仕事で関わるようになってからは、封切りの話題作を観るようになり、そこからグッと好きな気持ちが高まった。

音楽と同様、百科事典みたいな知識は持ち合わせていない。たぶん、そんなの要らない。

好きな女の子が出来た時、多少はその子について詳しくなっても、大事にせないかんのは何度も恋愛したくなる気持ち。
知識で気づくこともあるけどさ。

映画館で観る映画は本当に安い。

「ライブより安いやら、たまらんやろ?しっかりせえや」とベニチオ先輩が言うてます。

では吹き替え版しか無くて残念やけど「トゥモローランド」行ってきます。

何かを褒めたいとき、それ以外のものを悪く言う必要はない。
何かを言いたいとき、そのものズバリじゃなくて叙景詩みたいにその背景から伝えてしまう。

まさに今、そんな感じ。

・・・。

んがー!

もう、そのまま書くしかない。
僕にはそれが精一杯。


博多の宝、白川亨のバンド「イスタンブール」のCDを買ったのだ。
聴いたのだ。
もう三回目。

ジャケットを眺めながらもう一回聴く。



僕のような才能も無く、努力を続ける根性も無く、酒を呑み続けるダルマのような男には眩しい世界。

でも遠くない。

仕事をきっちりと終えた後、寒い夕方を自転車ギコギコ帰るときにちょっと垣間見える世界。(毎日はこんなに地味で寂しいものだけど、いつも世界につながっている)そんなことを思える瞬間が好いとうとです。

白川さんはペンキ屋さん。

音楽家であるだけじゃないのだ。

可愛い子供の父親なのだ。

たくさんの酔っぱらいから尊敬され愛される男なのだ。

白川さんが書く音楽、歌には下書きの無い強さがある。

イスタンブールというバンドになってそれがペンから筆に変わった気がします。

しなやかで強い。そして優しい。




さ、もう一回聴いて寝よう。
 

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